FIREについて

Uncategorized

こんにちは、こだまです!
最近のボイシーでちきりんさんが少し「FIRE」について触れていました。

その際にちきりんさんは「あんまりそういう人生憧れないわ~」と仰っていました。
人気社会派ブロガーのちきりんさんの意見はいつも独特の切り口で非常に面白いのですが、今回の意見に関しては自分とちょっと違うかな―と思いました。

なぜちきりんさんが憧れないのかというと、FIREのイメージとして
「リーンファイヤ」
のイメージを持っていたからだと思います。
リーンファイヤは、資産収入>生活支出のうち、”生活支出をギリギリまで切り詰めてそれでFIRE達成!”という感じのものです。
必要最低限の支出に絞って、贅沢や遊びは極力しない、というリーンファイヤ。
「もし40歳でFIREしたとして、87歳まで生きると仮定したらあと47年間、ちょこちょこっと趣味を楽しむ程度で自由にお金を使わずに生きていくのって楽しいのかしら?」
といった感想をお話していました。

また、
FIREしたい人≒仕事をしたくない人
という見方をされていたので、リタイヤ後にやることは投資の運用をちょこっとするだけであとは暇を持て余すのではないか、無駄な支出を減らすため子供を持たないという選択をする方もいるみたい、とも仰っていました。

たしかにFIREのREは「リタイヤ アーリー」なので「早期リタイヤ」ですよね。
”リタイヤ=仕事をしないで生きていく”
ということなのですが、昨今のFIREを目指す方々は仕事をしないためというよりも
「本当にやりたい仕事のために、自分の時間を切り売りしないで生きていける生活の基盤を確保したい」
ということを目指している方のほうが多いように感じます。

少なくとも私の周りの人々は、そんな感じのイメージがあります。
なので、FIREのFIの部分だけを目指して、REは自分のさじ加減でどちらにも行けるように(仕事しても・しなくても良いように)選択の自由を増やしたい、といったところが核心なのではないでしょうか?

第一、「働きたくないからFIREする!」といって本当にFIREしちゃうような人は、間違いなく何らかの能力に秀でていると思うので、時間がたつとその能力を生かして何かしら事業をしたくなるのではないか。。。とも思います。

「FIREしたらあとは死ぬまで、ひっそり細々と生きる」という考え自体が、目標達成したらそこから上を目指さず、ずーっと現状維持のままでいるということを前提としているので、「憧れないわー」となっちゃうわけですかね。

常に成長し続けよう、高みを目指そうという考えのもとFIREした人は、おそらくFIRE自体はタダの通過点に過ぎないのではないかな、と思います。
まあ、FIREという言葉のイメージが独り歩きして人によっていろんな解釈があるので仕方がないですが、私はFIREして自由に生きていきたいと思っている側の人間であります。

勤め人卒業しても仕事は辞めることはなく、むしろどんどん事業にチャレンジしていくような人生にしたいと思っています。

時間と、お金と、人間関係の自由。そこに”やりがい・生きがい”というものを感じながら、健康という土台の上で生きていく人生が私の考える最上の人生であります。

あー。キャッシュフローほしい。。。。

最後までお読みくださりありがとうございました。
それではまた!

コメント

タイトルとURLをコピーしました